大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和48年(う)1211号 判決

被告人 山本重男

主文

原判決を破棄する。

本件を神戸地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人橘一三作成の控訴趣意書、控訴趣意書補充書各記載のとおりであつて、これに対する答弁は大阪高等検察庁検事碩巌作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨の判断に先立ち、職権をもつて案ずるに、本件起訴状記載の公訴事実第一は、被告人は自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四七年七月一九日午後一〇時四〇分ころ、三田市一番地先交差点において、普通乗用自動車を運転し時速約四〇粁で東進中、常に進路前方及び左右を注意すべき業務上の注意義務があるのにかかわらず、これを怠り、考えごとをしながら漫然同速度で進行した過失により、自車と同一方向に進行中の藤野健次(当二八年)運転の足踏式二輪自転車を約四・五メートルに接近するまで発見できず、自車を右自転車に衝突させ、よつて同人に対し加療約一か月間を要する頭部外傷III型等の傷害を負わせたものであるというものであるのに対し、原判決が認定した罪となるべき事実の第一は、被告人は自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四七年七月一九日午後一〇時四〇分ころ、普通乗用自動車(神戸五五み七七二五)を運転し、時速約四〇キロメートルで東進して兵庫県三田市一番地先交差点にさしかかりこれを直進通過しようとしたのであるが、このような場合自動車の運転者としては、常に進路の前方及び左右に注意を払つて運転すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然危険はないものと軽信し、そのまま同一速度で運転を継続した過失により、交差道路を左手の本町商店街方面より同交差点に進入してきた藤野健次(当二八年)運転の足踏式二輪自転車を認めた際には、その間隔は約四、五メートルに迫つており、急いで、停車の措置を講じたけれども間にあわず、自車の左前部を右足踏式二輪自転車の前輪後部付近に衝突させ、よつて同人に対し、加療約一月を要する頭部外傷III型、右大腿骨脱臼ならびに骨折の傷害を負わせたものであるというのである。

そこで右公訴事実と原判決の認定事実とを対比考察するに、公訴事実は、前記交差点において自動車を運転して直進中の被告人が進路前方及び左右を注意すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、自車と同一方向に進行中の先行する被害者運転の足踏式二輪自転車に追突したことを過失の態様としているのに対し、原判決は、自動車を運転して前記交差点にさしかかり、これを直進通過しようとした被告人が進路の前方及び左右に注意を払つて運転すべき注意義務があるのに、これを怠り交差道路を左手の本町商店街方面より同交差点に進入してきた被害者運転の足踏式二輪自転車に衝突したことを過失の態様としているものであつて、両者はいずれも前方及び左右に対する注意を欠き被害者の発見が遅れたため事故が起つた点については異るところがないのであるが、前者は同一方向に進行中の先行車に追突した場合であり、後者は交差点で左方道路から進行してきた車両とのいわゆる出合がしらに衝突した場合であるから注意義務の具体的内容および過失行為の内容には著しい差異があるものといわなければならない。いうまでもなく訴因と著しく相異なる態様の過失を裁判所が認定するについては被告人に対し防禦の機会を与えるため訴因変更手続(刑事訴訟法三一二条)を要するところ、原審はこの点につき右の訴因変更手続を経由した形跡は記録上認められないし、被告人においてこれが防禦の方法を講じた形跡も認めえないのに、原判決が前記のような認定をしたのは被告人に実質的な不利益を蒙らしめたものというほかない。しかしてこの訴訟手続の法令違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、この業務上過失傷害の事実とその余の原判示事実とを併合罪として一個の刑をもつて処断した原判決は全部破棄を免れない。

よつて、論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条本文により、本件を原裁判所である神戸地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例